アストロ球団#18
「1つの思いは9倍にの巻」
9回裏同点2死満塁.対ビクトリー戦最高の舞台に戻ってきた球五.グラウンドに立てる体ではない球五と,力をほぼ使い果たした球四郎の対決は静かなものだった.2ストライク3ボールのフルカウント,誰だって勝負をしたいそんな場面で,球五は最後まで球を選び,押し出しの1点でアストロ球団は勝利する.
敵軍の将である球四郎は責任を取って自害しようとするが.9人目の超人がそれを止めた.生者との約束を守ることが死者への供養になるのだと諭されて,ここまで迷走した球四郎はついに正道に戻るのだった.
主に野球と同じような器具を使ったなんとなく野球っぽい格闘技「超人野球」もついにゲームセット.様々な思いをこめながらも熱く別れを演じる「アストロ」.テレ朝の最深夜帯に相応しい血みどろ番組も今回で見納めです.原作と同様に道の途中の最終回は感動的なオリジナル展開で幕を降ろすわけですが…ここまで無理に本気で見てきたんだから,シリアスなシーンで大爆笑してもきっと許してもらえるよね? シリーズ全体を通してあまりのどうしようもなさに呆れて失笑したことなら何十回もあったけど,心の底から気持ち良く笑えたのは今回がはじめてです!
前半.9回裏の超重要局面にいきなり戻ってきた球五.ここまでの血なまぐさい展開を吹き飛ばすほどのさわやかさは,彼の空気読まないぶりを見事に示してくれてます.本来ならここまでやっと生き延びてきた奴が立ってこそ美しい最後の舞台なのだけど,そこに計算外が戻って来てなんとなく完結していくだらだら感が,妙にリアルで本作には不似合いです.
とはいえ球五も地味だけど超人なので野球に関しては至って真面目.たとえ死んでも打者を帰すと決意しているし,対する球四郎もこの舞台の最高ぶりにすっかり当てられているよう.2人分の命を支払ってようやく超人野球の楽しさに目覚めた球四郎.同類扱いされるのを嫌がっているけれど,その痣と心は偽りようがありません.
しかしさっきの球一との決戦で全力を出し切って,慣れぬ左手と激戦による疲労ですでに出がらし状態の球四郎の球はどうしようもなく荒れまくる.カウントは1ストライク3ボール.もちろんバリバリの病み上がりである球五の体もとっくに限界を越えていて,バットを振った瞬間に意識が飛んでしまいそうな重体ぶり.一番いいのは2人でさっさと病院に行くことだと思うんだけど,さすがに最終回にその選択肢はないもんな.
そして,どんなに苦しい目に遭おうとも,男なら常に勝負を捨ててはなりません.たとえ体が限界でも,情に流されることなく常に冷静に勝利を拾おうとするその心こそ球五の最大の武器.球四郎に2アウトまで追い詰められても,仲間から重すぎる期待を寄せられても,それでもなお冷静に野球をし続ける魂が勝負の行方を定め,その結末が生き残った全員を救うことにもなったわけです.だって,アストロもビクトリーも延長したら全員死ぬもの.きっと.
全員が見守る球四郎渾身の1投,「我が野球人生に悔いなし」とまで気合を入れた球五の晴れ舞台は…球四郎の球を限界まで見極めて,打たず,そのままフォアボールで押し出しの1点が入ってアストロ球団の勝利! 他の超人たちなら絶対に真っ向勝負するところ,空気を読まない球五は最後まで場の雰囲気に流されなかった.格闘技を選べと追い詰められた状況で,最後まで格闘技ではなく野球を選んだ球五はきっと今このグラウンドの上で誰よりも強い.いや,グラウンドの上だけでなく,雰囲気に飲まれて病院送りになったり死んでしまった奴らよりも….
そして,まさかそんな形で勝負がつくとは思っていなかった球四郎は思わず倒れる.フォアボールで押し出しの1点で敗北というこの状況は,投手にとっては心底痛い.きっと生まれてはじめての完璧な敗北の衝撃に絶叫し血の涙を流す球四郎.しかも敗北すれば自分が散々バカにして,しかも叩きのめされたアストロと一緒に野球をやらなきゃならない.ただ,さすがに仲間の弔いも終わっていない今,すぐに仲間になるのは酷だから…と球一が与えたわずかな猶予に,球四郎は最後のあがきをはじめます.
球四郎のここまでの戦いは,己を呼ぶ運命から逃れるためのものでした.沢村の妄執に巻き込まれ,何をやっても人並み以上の超人としての能力を生まれながらに与えられたアストロ超人たち.球一たちはあまり気にしていないけれど,卓越した才能で何をやっても最終的に成功してしまうということは,裏返せば何もかも出来て当たり前であり,それは特段誉められるようなことではないということ.特に超人としての完成度の高い球四郎の場合,どんな成功もそれは超人の力ゆえのもので,球四郎自身が頑張った成果ではない…いくら周囲から完璧だと思われても,彼の心は常に認められない空しさで満ちていたはずです.
けれど,アストロたちは同じ超人として,球四郎を初めて地に伏させて,空の高さを教えてくれました.超人にも無理なことはある.この敗北は,完璧で安定してゆえに空しかった世界に刻まれた大きなヒビ.そのヒビから己の世界をぶち破ることによって球四郎は新たなる誕生を遂げることができたはずだけれど…その誕生に巻き込んで命を落とさせ,選手生命を失わせた男たちのことを考えると,球四郎は強い自責の念に駆られてしまうわけです.
ここまでの責任を取るために,大門のように腹を割いて詫びようとした球四郎.それを寸前で止めるのが,アストロ9・球九郎! 目の前で知ってる奴が割腹自殺しようとしているというとんでもない状況でも相当冷静な彼もまた,空気を読まない技術を身につけているようです.スマートな球九郎は腹を切っても誰も喜ばないのだと球四郎をひたすらに諭します.こういう言葉を,あのときの大門に誰かかけてやることができればなぁ….今生きている球四郎のために4人は全てをかけて,散っていった.だから4人が命を賭けた大切な命を自ら絶つのは間違っている! 生きている人間との義理を通し,苦しくても恥ずかしくてもどん底から立ち上がって前に向かい歩むことこそ,死者に義理を通すこと.大門もバロンもこの奈落の底から球四郎が這い上がることを信じて死んで行ったのだから.
後半.さて,まあ当然の話なんだけどここまでやってもプロ参入はやっぱり無理でした(苦笑).確かに野球と超野球では球技と格闘技でジャンル自体が違いますからね.でも,あの偉そうだった川上監督から頭を下げられてしまっては,超人たちもそれ以上のことは要求しにくい.けれど野球をすることでしか真の意味では生きられない超人にとって,日本国内でのハイレベルのプレイを拒否されるのはどうにも辛い.30年早すぎたと言われても,日本でもアメリカでもプレイできない超人たちには何も出来ない….
とはいえ悲しいことの裏には少しくらいはうれしいこともあるものです.超人野球関係での死者は3人となったわけですが,その墓石たちが球四郎と球九郎,そして球一たちを1つに結びつけてくれました.己の小さな世界に別れを告げた球四郎は,球九郎の計らいもあってあるべき場所へと戻っていきます.ここに集うのは,たかが球遊びに命を賭け,球遊びの中で生きる馬鹿者たちばかりです.
そんな馬鹿者たちを率いてきた…というか猛獣の前に置いて自分はいつもいなかったシュウロのご様子なのですが.ビクトリー戦勝利の際にはあれほどご満悦だった彼にも,球界からのこの仕打ちはさすがに堪えているようです.もうこの際アフリカ行っちゃうしかないかなーとか考えている,そしてアフリカに行ったときにもきっと選手を置き去りにするに違いない(笑)シュウロの前に姿を現す,アストロナイン!
巨人戦,そして日本球界制覇という夢を叶えてやれなかったと珍しく己の責任を感じているシュウロに対し,らしくないぞと声をかける超人たち.どんな状況でも諦めず,真正面から立ち向かう,仲間を信じて命を預け,絶え間ぬ努力で勝利を掴む.1つのボールで思いをつなぎ,辛いときにもアストロガッツで切り抜ける.男ならグラウンドで死ぬことこそ本望.それはこの9人,最後まで一連托生だ! という趣旨の9人によるリレーコメント.卒業式の答辞を見せた彼らは,恩師…というかこの責任放棄甚だしい迷監督に,感謝の礼を捧げる! …シュウロはただ感謝するのではなく,すまなかったと本気で詫びてほしいぞ(苦笑).
沢村の妄執に巻き込まれ,紆余曲折の末についに完成したアストロ球団.あの日シュウロに託された一試合完全燃焼という沢村の執念も,実に多大な犠牲の末に今ここに現実のものとなりました.しかもそんな祟神・沢村を生んだ巨人軍は実に小粋な計らいをしてくれます.公式の試合ではないけれど,多摩川グラウンドでの非公式戦を準備してくれました!
沢村という大投手の妄執から生まれた9人の気の毒な青年達は,艱難辛苦の末に野球なしでは生きられない体となりました.初代球二との出会い.盲目の青年を選手として受け入れたこと.同じ超人が敵として襲ってきたときの怖さ,育ての父と袂を分かち旅立ったあの日.時には敵,そして味方となりながら9人が紡いできたこれまでの日々は,まさにこの1戦のためにあったわけです.しかし…その開始を目前として,彼らは唐突に消えてしまいます! 金色の輝きの向こう,誰知らぬ空の彼方へと….
そして! ここまで何度となく超人たちを置き去りにして迷惑をかけてきたシュウロは,ついに置き去りを食らいました(笑)! 見事成長して卒業した生徒達に先生はもう不要だと考えるか,もういなくても勝てるから置き去りにされたのかは定かではありません.何はともあれ,これまでのシュウロのひどい仕打ちをやり返すかのように見事に消えてしまった30年早すぎた9人.彼らはどこに消えてしまったのか.
そして現代.アストロ超人どもがお世話になったあの定食屋は未だに潰れず残っていました.「一定食完全満腹」を旗印としているようですが,さすがに老いの威力は大きいようです.どこかで聞いた歌声のミュージシャンが喰いにきているなぁ(笑).新聞には野球世界統一戦開催の知らせ.世界一を決めるこんな大きな祭りの場に,あの9人がいればきっと喜んで参加して,敵味方ともぼろぼろになりながら勝ってくれただろうに.
あの日,願いが叶う直前に消えてしまった9人.彼らが沢村から譲り受けて育てた野球に対する強い妄執は,未だ時空のどこかをさ迷っているはずです.沢村一人の思いが9倍となり,その思いがさらに多くの思いを生み…そのようにして魂,あるいは野球に対する妄執は野球界を脈々と流れていくのかもしれません.いつか彼らがここに戻り,一試合完全燃焼の大願を成就させるまで,この悲しくておかしな呪いは世界に流れ,人々を野球に向かってひたすらに動かし続けるのでしょう.
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