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機動警察パトレイバー#29

「食することは人の業の巻」

埋立地の果てという特殊な立地ゆえに,半自給自足を強いられる特車二課.彼らの食を支えるのは海と鶏小屋とトマト畑と近所のコンビニと,一番近くの中華料理屋・上海亭だ.特に昼食は上海亭に頼るものがほとんどであり,課員たちにとっては人と違うものを食べることができる昼食は数少ない娯楽でもあった.
某月某日.依頼時にトラブルが発生し遅れたものの,いつものように上海亭に注文を出した特車二課.けれど,いつもの出前が来ない.上海亭の店主は出前は出たはずと言うのだが,店員が昼食を運ぶオートバイはいつまで待っても姿を見せない.空腹に憤り悲しみ混乱する特車二課は,今まさに地獄の縁に沈もうとしていた.

回によって出来不出来は多々あるものの,平均値が高めな上に傑作回は本当に凄い「パトレイバー」.今回はその傑作回の中でもベストとも言われる一本.破れかぶれの押井守脚本の滑稽の真骨頂が披露されます.群れて暴走する無名の青年たちや食への強い欲求,芝居がかった言い回しと警句と…犬.根本的なアホぶりナンセンスぶりと併せ,間違いなくスラップスティックコメディの名手である押井氏でなければ不可能な仕事です.演出の西山氏も絵コンテの吉永監督ももうどうでもいいくらいの押井ぶり,最高! ちなみに端役であり今回の主役である整備員たちには,子安氏に加え大塚明夫氏梁田清之氏石田彰氏と無駄に豪華な名が並んでいるのも密かな聞き所(笑).自分としては,この回がやりたくてレビューをはじめたようなもんだったりする本当に大切な回だったりするんですが…注文部分,間違ってたらごめん(苦笑).

前半.この先に待つ終盤の惨劇を匂わせもしない穏やかなはじまり.しかしそんな穏やかなはずの日常にも,彼らを襲った惨劇の陰が深く暗く刻まれています.課内に響き渡る警報は整備班に鶏小屋の増築作業を告げるもの.これを拒否すると405配給資格を剥奪される…ってことは405は卵か.で,課内総出でなぜ増築を行わねばならないのかと言えば….
今回のナレーションを引き受けるのはまだここでは新人である熊耳さん.彼女の執筆するレポートは,脚本家が乗り移ったかのように妙に高尚.「主曰く,人はパンのみにて生きるに非ず.されどまた曰く,人民にパンと自由を.市民に娯楽を!」…どんなときでも人は腹が減り,それは警察官も同様であることを滔々と語り出すわけですが,これがまた「天地自然の理」とか「神聖なる義務」とか大変に大仰.
確かに腹が減っては仕事なんかできないし,体力勝負が求められることの多い警察官ならばなおさら.ゆえに食べ物のことを甘く見てはならないってのは間違いないんだけれど,それをここまで熱弁せねばならないその理由は,ある恐怖の出来事にありました.正義を執行する警察官こと凡俗の徒がその馬脚を顕した(笑)あの一件.…黒バックにゆっくりと打たれる「特車二課 壊滅す」のサブタイトル.
そのはじまりは食料を得るための難解な呪文の失敗.課内の注文を野明が取りまとめるわけですが,20名を越える注文をメモなしで記憶しなきゃいけないのは何かの競技ですか? 遊馬はワンタンメンと餃子.太田が焼肉定食大盛り,シゲが五目チャーハンにタンメン.指揮車の整備班員たちが味噌ラーメンとライス,チャーシュー麺大盛り,チャーシューワンタン麺大盛り,トレーラーの整備班員がニラレバ炒めに豚汁にライス大盛り,カレーライス大盛り福神漬け抜き,肉入りピーマン炒めにライス大盛り…とここまではなんとか覚えているらしい.
進士とひろみ,そしてここでは出ていない榊班長は弁当ありですが,そんな特権階級はごく一部.作ってくれる人も作れる才覚もない大部分の課員たちは注文に頼ることになります.畏まった整備班員はもやしソバとチャーハン,青空を見る整備班員は大盛り味噌バターラーメンと半ライス,下から顔出す整備班員が中華丼大盛り,眼鏡の光る二人がニンニク入り肉ネギ四川炒めとニラ玉ライス,ニンニクとニラ抜きで同じ奴,声のみの2人がカツ丼特大,エビチャーハンと半ラーメン.コードをいじる班員が茄子味噌定食大盛り,横向きの班員が麻婆ラーメンと餃子ライス.そして後藤は太田の始末書に判を押しながらチャーシュー麺と半ライス.で,しのぶさんがエビチャーハン.
ここまでの長い長い注文を上海亭に電話する野明.記憶だけで注文することになるわけですが…タンメンのあたりでひっかかってしまった.やっぱりあのバリエーションを一度で覚えきるのは無茶であり,むしろ失敗しない方が異常.てなわけで,さっさと注文してくれないことに皆が苛立っている中をもう一度注文取り直します.…シゲまでは問題なしなんだけど問題はそれ以降.トレーラーの整備班員3人目が半ラーメン追加,空を見る整備班員がキクラゲ入りの卵スープに変更.下から顔出す整備班員がカツ丼大盛りに変更,声のみ一人目が天津丼特大に変更.
2回目の挑戦では無事に上海亭に全部を伝えることに成功した野明! …しかし真の敵は多種多様な注文ではない.今回の惨劇の首謀者は,上海亭の店員であるニキビ面のツトム.忙しい店主にがみがみ叱られる彼の不気味な表情が恐ろしい.そして,注文が遅れた上に種類も量も多かったため,配達が来ないと短気な太田が直接上海亭にクレームを入れたのが更なる一押し.「せめて人と違うメニューぐらい喰わにゃあまりにも惨めだろうがボケ!」とか客に怒られてもなぁ….さらに店主もバカの相手をするツトムを叱り,板ばさみのストレスが大爆発して….
惨劇のはじまり.就業を告げるサイレンが鳴り終わっても出前が来ない.しかも熊耳がナレーションで予告するとおり,もはや出前がここにやってくることは二度とない.短気な太田はまたも上海亭に電話して喧嘩を売るものの,店主も慣れた様子で「飯が遅れたぐらいで騒ぐなこのバーカ」と大変にフレンドリーな対応を取る(笑).出前はもう出たらしいけれど,今にも整備班から暴動が起きそうなところをメガ…シゲが実に押井な演説で押し留めます.「今一度だけだ! あのオヤジの言うことを信じて待とう!」と30分の猶予を持ったんだけれど.
反上海亭総決起集会と化した特車二課.その命運は30分後に託されたものの…60分が経過しても結局出前は来なかった.本当に短気な太田はまたも上海亭に電話.「大人しい俺でも終いには怒るぞ!」という台詞は何かの間違いだと思うんですが(苦笑)上海亭も店員が戻ってこなくて困ってるらしい.けれど飢えた上に猛る太田にそんな理屈が通じるわけもなく,ふてぶてしい店主との激しい押し問答が続いた上に…「手前んとこからもう今後一切とらないからそう思え,バカヤロー!」と電話を壊す!
交渉役としては最悪の太田のおかげで完全に決裂.限られたライフラインの1つが切れてしまったのを目前にした遊馬の「だから太田に交渉させるなって言ったのに!」ってな逃げの台詞が実に無責任.そして,ただでも空腹で情緒不安定な仲間達にこんな悲しい知らせを伝えるハメになったシゲの苦悩は誰よりも深い.「交渉は決裂した! 出前は…来ない!」と芝居がかって泣きながら,やりたくもない断交に突入しなきゃならない.しかも断交したって腹が一杯になるはずもないのだ.
腹が減ることほど若い連中にとって耐え難い苦痛はない.いくら榊班長が「馬鹿野郎!」と部下を叱責したとしても,不安定な心で疑心暗鬼の塊となっている彼らにとって,目の前で弁当を優雅に食っていた勝ち組の言葉を受け入れられるはずがない.さらに榊班長と南雲隊長が本庁回りのために退場し,二課の厳しい良心が去ってしまったことにより,事態のタガは完全に外れていくのです.

後半.空腹に苦しむ課員たちは食料を求めて手を尽くすものの,コンビニは改装中だし魚は上がらないし備蓄の米も底を尽いたし鶏も卵を産まずトマトもなく…どこにも喰うものがないこの状況で,同じように食ってない後藤隊長に相談したら,「謝っちゃえば?」と大変に軽いアドバイスが戻ってきました(笑).ここでまたも太田が交渉役をやるのか…と思ったら今回は謝罪だけで本格的に暴れる前に野明に交替.屈辱の降伏宣言とともに,さっきの呪文を再び繰り返せって言われてももうあんなメニューの羅列,すっかり忘れて当然だ(苦笑).
本日3度目の注文では,太田の焼肉定食大盛りがミディアムレアに.シゲが五目チャーハングリーンピース抜きとワンタンメンのワン抜き.指揮車の連中がそれぞれライス大盛り,チャーシュー麺特大盛り,チャーシューワンタンメン馬鹿盛りに,トレーラーの二人目が生卵追加,空を見る整備班員が大盛り味噌バターコーンラーメンとライス三杯盛り追加,下から覗く整備班員が麻婆丼超特大盛り,眼鏡の一人目がニラ玉ライス大盛りで卵3つ追加,二人目がニンニク増量で生卵5つ追加.声のみの一人目が天津丼特大に.そして後藤は太田の5月13日分に判を押し…「なんでもいいよもう」…こんなの書いたって覚えられねえよ!
ところが!折角伝えたのに店主がやっぱり「出前できない!」とか言ってきた.店員が戻らないし野犬も出るしというやる気のない親父に太田は断固抗議.野犬に関してはこっちが護衛してもいいとまで言っちまったもんだから,もはや双方引くに引けない.榊さんもしのぶさんもいなかったがゆえに,あの特車二課が野犬から出前を守るためだけに出動することに(苦笑).気合満載で2号機トレーラーで出陣する太田と,それに同行することになってしまった進士.…そして,彼らは未帰還者となりました.
時は過ぎ,すっかり暮れた星空の下,指揮車を通じてトレーラーと連絡を取ろうとする遊馬だけれど応答はなし.曲がりなりにも警察官が,しかもレイバーまで持ち出した上に戻らないってのは尋常な事態ではないということで遊馬たちや隊長が整備班を置いて見に行くことに.彼らが出発した直後に電話.それは息も絶え絶えの「ここに来ちゃ,いけない…」という進士の警告.「ワン,タン,メン」という謎のダイイングメッセージ….
着かない出前に募る空腹.限界を越えてついに壊れた整備員たちは進士の警告の意味すら吟味せずに動き出す! あらゆる足で一丸となり,「特車二課整備班,総員出撃せよ!」ってなシゲの号令で上海亭に討ち入った連中もまた…全員未帰還者となりました.結局彼らがこの夜ここに戻ってくることはなかったのです.
残るはここまでナレーション役として傍観を貫いた熊耳のみ.彼女が事件の中心へと向かい目撃することによって,惨劇の顛末が露になりました.上海亭の周囲は死屍累々.救急車が集結する周囲では野犬の声が響き渡る.そして読読新聞の1面に踊るのは「特車二課壊滅す!」という見出し.前代未聞の惨劇,大失態の原因は…「集団食中毒」!

熊耳が目撃した真実は喜劇.根本的な原因は特車二課が昼食を上海亭のみに頼りきっていたこと.注文内容すら途中で忘れそうな連日の大量かつ複雑極まりない出前という負荷が上海亭にのしかかり,その負荷を店主から押し付けられていた店員,内山ツトム22歳が負荷に負けて凶行に走ってしまったわけです.彼は出前を野犬のエサにして逃亡.店主がその現場を発見し,食器をそのまま持ち帰ったがゆえに,…誰も帰ってこなかった.
太田と口論の末に大至急料理を作らねばならなかった店主は,調理を焦るあまり野犬が食い荒らした食器を洗わず使用.最初に到着した太田と進士は,その皿と料理が汚染されていることにも気づかずに店内で食ってしまって悶絶.これに店主が恐ろしくなって逃げ出したのが事態をさらに悪化させてしまったのは間違いない.
入れ違いに到着した隊長たちは食って倒れた二人を見つけ,あわてて回収し病院に運んだんだけど,ここでも連絡が遅れてしまったのは本当にまずかった….続いて到着した整備班員たちが目撃したのは,無人の店内に食事が山盛りになっているというマリーセレスト状況.「そこでいかなる事態が展開されたか,多くを語る必要はあるまい」.…そして訪れた悲劇と壊滅.犬の食った皿に乗った料理を食い,ほぼ全員が食中毒に倒れたという大醜聞.これが特車二課の恥多き歴史の中でも特筆すべき大失態「上海亭出前事件」の全貌.
…それから3週間,報復を恐れて逃亡していた店主も戻り隊員達も復帰して,ようやく事態は正常に戻りつつありました.熊耳が仰々しくしたためていたこの報告書も,あの忌まわしい事件によって露呈した現在の二課の構造的欠陥を上層部に上申するためのもの.貧弱な二課の居住環境が改善されなければ,さらに深刻な事態を招く可能性は極めて大であり,「ここに警鐘を鳴らすものであります」と見事に文を締める熊耳.しかもその危機はごく身近なもの.今日にも同じ目に遭わされてもおかしくはないのです.しかも今度は猫で(笑).…グリフォン放り出してお前ら一体何やってんだと呆れつつ,本筋に戻る次回に続きます.

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