モノノ怪#6
認めれば全て真実
佐々木一家惨殺の下手人,お蝶.明日は死罪と決まった彼女の牢を薬売りが訪れた.軽口を入り交ぜて自身の素性は一切語らず彼女の犯した罪について執拗に尋ねる不審な薬売り.この事件はモノノケの仕業ではないかと思っている彼は,お蝶の顔は一家を惨殺し明日死のうとする罪人の雰囲気や顔ではないとまで言う.
問い詰められるお蝶を救おうと牢の外から登場したのが,半纏を着て煙管を持った狐面の男.薬売りは彼をモノノケと呼ぶが,お蝶はいつも自分を守ってくれる狐面の男を選び,薬売りは顔を奪われる.狐面の男は確かにモノノケ.けれど彼はお蝶をこの牢から救い出すために生まれたのだと言った.
大人が見ても楽しい良質な娯楽を毎度提供してくれるのがうれしい「モノノ怪」.テクスチャと色に溢れる画面は低い録画レートでは記録しきれないほどの密度.これだけ充実した画面なら,視聴率はともかくセルDVDはきっと売れると思います.記録しきれない充実した映像が購買欲をそそるのは当然の話.…京アニのアニメがよく売れるのも,そもそもマーケティング以前に画面が過剰に充実しているせいだと思うんだ.
今回と次回で完結する新シリーズは「のっぺらぼう」.いつもの櫻井氏に加え桑島氏緑川氏といつもながら声が充実してますね.描かれるのはある女がループから抜け出る物語…これはとってもベタではあるけれど,この話は教育という名の虐待を受けてきた女が,薬売りの力を借りてその傷を乗り越えると見るのが正解のようです.狂ったものを正しく治すためのきっかけを与えるから「薬」売りってことなんだな.
前半.牢の中にいるのは佐々木一家を惨殺したというお蝶.市中引き回しの末磔獄門と評定される彼女は,手の包丁で嫁いだ家に無残絵を描いた極悪妖女.鶯の声響く中での凶行の末に「…ああ,すっきりした」と一言残すような豪胆で冷酷な…女にはとても思えない控えめな顔.「謹んでお受けいたします」と答える声はひどく冷め,血しぶきの熱とはどうにも釣り合わぬ不思議こそ,今回の核心.
事件が一件落着したところからはじまる彼女の物語.明日に備えて死装束で牢の中で座る彼女に,「あんた,一体何をしたんだい?」と話しかけるのはいつもの薬売り.タチの悪い客のせいでこんなところに入れられたと嘘臭いことを言う薬売りは,今日は話を回してくれる奴が他にいないのでひどく饒舌.「大体,薬に頼って治そうって心根が気に食わない」と,偉くいい加減なことを言い出します.
「効かぬは貴様の信心が足りぬからだ,目刺の頭の喩もあるじゃないか」と客に言ってやったという薬売り.そりゃ金返せと騒がれるのは当たり前であり,番屋に駆け込んだら彼の方が捕まってるのも当然で.「ああ,鰯の頭だったかな?」ととことんいいかげん.…面白い言い回しでお蝶の心を暖めほぐそうとしているのかもしれないけれど,目の下に隈を作った彼女の顔は冷たく凍ったまま.
男女が同じ牢はそもそもおかしい.警戒するお蝶に「どうせあなた,死罪なんでしょう?」とねっとりと軽口を叩く薬売り.巷では噂で持ちきりの鬼嫁お蝶.やったことは随分と派手なんだけど…その割に彼女は脇役レベルの地味さであり,4人を殺した主役とは到底思えない.そんな彼女の心を無駄口で導く薬売り.家族を殺すために梅の木に吊るした? 磔にした? 「違いますか.どんなものでしたっけ?」
己の行為を回想するお蝶.思い出すのは包丁と,己が殺した家族の姿.しかしなぜか顔が思い浮かばない….曖昧な記憶しか持たぬ彼女はもう忘れましたと返答.薬売りも噂には尾鰭背鰭がつく,やり方はどうでもいいと追求はせず,「味噌で煮ようがが塩で焼こうが鯖は鯖,ってね」「わけがわかりません」…折角薬売りが全力でボケてるのにツッコミが氷のように冷たいので,それを横から見てる視聴者はとても面白いです(笑).
そもそもあんな凶行,女一人でやれるようなものじゃない.…さっき箱の中で鳴っていた天秤は,薬売りの人差し指の上.皆殺しの犯行には目撃証言も物証もなく証拠は彼女の自白のみ…モノノ怪との距離を計る天秤は揺れる.私はあなた一人でやったんじゃないと思っているのですよと薬売り.包丁振り下ろしたあの惨劇には,彼女以外の何かがいた….「私はね,モノノケの仕業だと思っているのです.」
心当たりはないかとささやく彼に「いいえ,まったく」とそっけないお蝶.けれど薬売りはまだ粘る,死罪になるほどの悪女なら纏わねばならぬ空気や顔がある.装束ではなくて…「なりはともかく顔ですよ.私の言いたいのは,まるで別人だ.普段のお蝶さんと」と普段を知らぬはずの薬売り.あまりにも不審な物言いにお蝶は「あなた,何者です」と問い,さらに「お主,何者だ」と問う男の声.既に牢の中へ漂う煙草の煙.
ただの薬売りでかつ罪人らしいけど,本当はなぜここにどうやって来たのか.問い詰めてくる煙の声が薬売りには面白い.「よく喋る.はじめてですよ.こんなモノノケにお会いしたのは」 煙の声の主は怪しい方ではないとお蝶さんは反論…牢屋で煙草ふかしてるあたりで既に十分怪しいと思うんですが(苦笑)見えなくなっているんだなぁ.その声に誘われるお蝶を「出てはいけない」と繰り返し強く止める薬売り.「ここにいれば,安全だ」と囁きます.
しかし煙は鍵を開いて入ってくる.踏み込んできたのは半纏を纏った狐面の男.その手の煙管で打とうとするのを,退魔の剣で発止と抑える薬売り! …このいかにもなモノノケに薬売りが怪しい奴と言われてんのがおかしい(笑).いつもだと暴くのに骨が折れるモノノケが,向こうから来てくれてツイてるくらいな気分の薬売り.…しかし狐面の男の姿では退魔の剣が鳴らない! 「貴様,モノノケの形ではないのか」「ふふ,何のことかな」と余裕の男.
お蝶はモノノケのところに行きたがり,それを押し止める薬売り.「ここは閉ざされていると思えば牢になり,出たくないと思えば城になる.また,あの場所へ,戻る気か」…ふいにお蝶が思い出すのは笑い遊ぶ4人の屏風絵.そして血しぶきの狭い台所…けれど「構いません」とお蝶は言う.人間の方がよほど恐ろしいと鬼の仮面をつけた彼女は人を信じず,「心根の優しいモノノケもいるはずですから」と狐面の男を受け入れてしまう.
お蝶を味方にしたモノノケは「無限の摂理は,我にあり!」と宣言! 狐面の男が吐く紫煙は薬売りを覆い,顔は隈取の仮面に.倒れる薬売りは仮面ごと顔が剥がれてのっぺらぼうに….世界の理が今はモノノケにあるため,形を見るどころか逆に形を取られた薬売り.狐面の男はお蝶とともに牢を抜け出し,花降る中で正体を明かす.彼は「あなたを,牢獄から救い出すために生まれた」モノノケ.しかし薬売りの言葉が正しいなら,彼女を牢から出すのは正しいことなのか?
後半.彼女の牢獄から連れ出されたお蝶だけれど,そこから出ても幸せになれるわけではないらしい.笑う四人の男女の襖絵と,乱暴に酒を持って来いと命じる家族たちの声.牢獄のような狭い台所で叱責され,愚図,陰気,なぜあんなのをもらった,母親に泣きつかれたから…彼らの言葉はお蝶の心に次々に突き刺さる.前の嫁は首を吊っているということで,嫁をいびり殺すのが習慣らしいこの嫌な家.
人間扱いしてもらえず,飯炊きとか夜の方とかそんなのだけ期待される苦しい牢獄.彼女から奪った笑い声であいつらは下品に笑うのだ.そこにやってきたのが狐面のあの男.あなたの心に澱のように溜まっていく毒気を吐き出して欲しかった…と,モノノケはお蝶に包丁を渡してきっかけを作りお蝶は救われ,こうして牢からも彼に救われ…けれどあの台所に戻されるのだ.
鬱屈した日々から救われて牢へ,牢から救われて鬱屈した日々へ.何度もループを繰り返し,この先にこの人たちを殺すことがわかっているからこそ,あの殺しの感触を覚えているからこそ耐えてこられた彼女.惨劇の輪の中で「何度も,何度も,何度も,あなたに助けられてきた」…ただしすっきりはするけれど彼女は結局不幸のまま.救われてなどいやしない.
けれど狐面のモノノケの力はその程度しかない.牢から逃げ出し追っ手から逃がそうとする彼に「嫌です」「あの場所に戻りたくないのです」とお蝶が言い出してモノノケの面は泣く.牢から逃げなければ罪人として殺される.けれど逃げる先があの台所では結局何も変わらない,いっそこのまま即刻手打ちの方が楽…これまでぐるぐる回り続けていた彼女を変えたのはさっきわずかに接触した「あの牢獄の男か」とモノノケは疑い,「戻りたくないだけ」とお蝶は答える.
お蝶の抵抗に混乱したか,かんかんとリズミカルに面を変えるモノノケは「この俺と一緒になってくれないか!」とか言い出した.もちろん人間じゃないけど,外せない面を除けば姿かたちは人間と同じ,道化神楽で食わせていけるから女房になってくれと求婚されて…「わたしなんかでいいの,罪人の女なんかでいいの」と恨むような声で尋ねるお蝶に,それにもあんたがいいんだとモノノケは粘る.…そこまでしても彼女を現実に戻したくないのか.
元々受身で自分から行動を起こすような性質ではないから,突然の申し出すらも受け入れてしまうのがお蝶さん.モノノケはもう大はしゃぎ! 未だ死装束の彼女の周囲を飛び回って早速祝いの準備.鮮やかでおめでたい空間が呼び出されてお蝶の着物も黒い婚礼装束に.そんな彼女の周囲でやったやったと恥ずかしげもなく踊ってる上機嫌のモノノケ.…ここ,声が二枚目演技のままではしゃいでるミスマッチぶりが面白い(笑).
人間とモノノケの新しい人生の門出を祝うのは無数の面.彼らはずっとお蝶の傍に居て見守っていてくれたらしい.「人は皆忘れてしまう.どれだけ沢山のものと出会い,どれだけ沢山のものに囲まれているのかを」…祝ってくれる面たちもやはりアヤカシの類か.「これからは,俺が,あんたの生きる,証となる!」と力むモノノケに「はい」とお蝶は返事して…津波情報が画面に被って参ります(苦笑).
祝言の席で三三九度の杯を交わし二人は夫婦に,ひとつの存在になろうとしたときに乱入してきたのが女.どうかどうかお願い奉りますと伏して願うのはお蝶の母! その衝撃にモノノケの作った祝言の世界はぐらついて壊れてしまいそう.人外の力でも制することができないほど,母の存在は強力なのだ.これで先祖代々の墓参りに胸を張っていけますと,体面ばかり取り繕おうとする母の顔には鬼の面…彼女の心の根幹に刻まれた抑圧の象徴.
鬼面の母の教えにより,お蝶も幼い頃からよい娘の仮面をつけさせられた,良家に嫁ぐのが良い子.幼い頃からそのために十分なものをひたすらに身につけさせられた,それしかさせてもらえなかったお蝶の回想をモノノケはどうにもできない.一度思い出してしまったらもう忘れることもできず泣くばかり.弱いお蝶と強いモノノケが人格としてひとつになる婚礼に大失敗した部屋を開くのは,いつもの天秤とゆっくりとした拍手.
「はい,はい,はい,はい,めでたしやめでたしや」と隣の部屋から登場するのは,象に乗って殺された4人を従える薬売り.いい芝居でしたと相変わらず心にもないことを言う彼はさっき顔を奪われたはず.けれど面は「おもて」.人の顔は表に現れている形に過ぎない…それは人格の表層と同じ.「私がこの面をおもてと認めればいともたやすく,私の顔となるのです」…へのへのからさらりと元の顔を取り戻す薬売り.
面を外せないモノノケは顔色でなく面を変えることしかできない.お前の本当の顔はどこにあると薬売りは問い,モノノケは煙管でこちらに切りかかって丁々発止,狭い部屋の中でアングルが回る回る! 今回はここまで止め絵中心で描かれてきましたが,このシーンは凄く動画に気合が入っているなぁ….ここで薬売りが手を前に差し伸べると,それにつられたように同じ動きをするお蝶の袂から紙片がぽろりと転がり出た.
薬売りが投げた鏡は大きく広がって,モノノケ自身の姿を映し出す.ループの中にお蝶を閉じ込めてきた偽りの煙は打ち消され,騙すことができなくなって苦しむモノノケ.人を騙す狐の面をつけた夫はのけぞって崩れ,折角作り上げた祝いの席も,お蝶にとっての偽りの幸せも消え行く.不幸の合わせ鏡から抜け出したはずなのに「崩れていく…」
曖昧でいい加減で狡猾で,決して己を失わない薬売りにモノノケが勝てるわけがない.この空間すらお蝶を騙すために作ったモノノケの幻,偽者芝居と看破して,「欺くからには,隠さねばならない真実があるはず」とその奥を探ろうとする薬売り.なぜわざわざ面と芝居が必要だったのか.そこまでして隠そうとしている,お蝶から遠ざけようとしているのは…「面を忘れた,モノノケ,形を,現せ」と言われたモノノケの「おもて」が落ちる.
もしこの物語がお蝶の中で起きていることならば,不幸なお蝶は抑圧される彼女の本来の人格,モノノケは苦しい彼女が救いを求めて作り上げた人格,そんなモノノケすら退ける母は,彼女の過去の虐待の記憶そのものあたりか.良家の妻であることを強制されたがゆえにはじまった彼女の不幸を解消するには,一体どこからやり直せばいいのやら…そしてお蝶の情念に結びついたアヤカシの真の形はどのようなものか.次回に続きます.
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