モノノ怪#8
目に見えぬものを描く色
香道を守る笛小路家の婿になりたい四人の男に求婚された瑠璃姫は,一人を選ぶために聞香の会を催した.その日やってきたのは公家の大澤,廻船問屋の室町,東侍の半井,そして呼ばれてもいない薬売り.残る候補の実尊寺は結局姿を見せず,結局彼の代わりに薬売りを入れた四人で婿決めの源氏香が行われることとなる.
順にたかれる5つの香の異同について,五十二種の組み合わせから一つを選んで示す源氏香.本来は長丁場で的中率を競うものだが今宵は一巡勝負で婿が決まる.香に関して覚えのある大澤と室町だけでなく,雅な香道とは縁遠そうな半井も嗅ぎ分けに必死.男三人が婿入りのための聞香に挑む中,薬売りだけはいつもの調子で淡々と聞香を楽しんでいる.
色形の美しさと物語の面白さでここまで押し切ってきた「モノノ怪」.今期放映中の作品では間違いなく優れた作品なのですが,ここまでで前作の「化猫」が越えられたかというと微妙…というか0から全てを作り出した前作越えは,1クールのシリーズでは恐らく無理.…しかしこの「鵺」は前作「化猫」とは別種の面白さがあります.延々と描かれる聞香の様,香りを映像化するためにあらかじめ抑えられた色彩.これらはこの作品を見ることに慣れてきた視聴者だから面白いのであって,シリーズでなければ出せない面白さだと思うのです.
てなわけで個人的にはここまでで一番気に入った回だったりするのですが,御存知の通り自分の趣味はちょっとズレてますんで(笑)その面白さはぜひ皆様の目で確かめて頂きたいと思います.…どうしようもなく場違いな薬売りが物珍しそうにしていたり相変わらず無作法だったりするのが愛らしい.なお今回よりオープニングの映像が変更.これまでのと比べて違いを確かめるのも楽しい.
前半.数種の動物が組み合わされた姿で描かれる日本のキマイラ,鵺.入り混じり正体のわからぬことから物事や人物の曖昧で不可解な様を表現する際にも使われます.強い人の情念と結びつき生まれたこのモノノケは,見るものによってそれぞれ異なる姿を見せるんだけれど正体は一つ.実にサスペンス向きの怪物で…冒頭から殺人事件.必死に逃げる男は血しぶき上げて殺され続ける.彼を本当に殺したのは誰なのか.
事件の舞台は聞香の場.娯楽ってのはその喜びが薄ければ薄いほど高尚とされるもんですが,腹も膨れぬ香りを聞くのは娯楽のうちでも最も雅.そんな香道の一流,笛小路流をただひとり守る瑠璃姫が物語の中心.彼女の婿となり笛小路流の再興を誓う四人の求婚者が彼女の周囲に配されます.…いつもに比べずっと抑えた,灰青中心色彩で描かれる冬の笛小路邸と登場人物たち.
四人の婿候補から一人を決めるため,しんしんと雪降り積む中で開かれる組香の会.晩鐘が響く中,ここまでべらべらと喋りまくっているのは烏帽子の公家・大澤.鼻に尖った覆いをつけている香に詳しい男は大坂の廻船問屋・半井,いかつい侍は御所の警護に東から上ってきていた東侍・室町.庭では子犬が何かを嗅いでいて…そして四人目となる残る一人は薬売り.平伏から「どうも」と顔を上げる彼は,他の三人ではなく画面の向こうの視聴者に向かって挨拶してるなぁ(苦笑).
本来は四人目の実尊寺の位置にいるのが「ただの,薬売りで,ございますよ」.もちろん彼が来る理由は「モノノケが,出るようなので」以外の何物でもなく…毎度ながら楽しげな声.モノノケを斬るのが面白いのか,それともモノノケを斬るために物事の形真理を暴くことが面白いのか(苦笑).退魔の剣と二つの姿を持ち,現実と異界の狭間すら自由に行き来できる彼は,絶対にただの薬売りなんかじゃありません.
ここで瑠璃姫御付の老尼僧がごめんやすと登場.戦いに来た男たちをその舞台へと招きます.ただし実尊寺は遅刻なので既に不戦敗…田舎侍が「ぎょい!」とおどけてますね.笛小路の香席には既に美しき瑠璃姫が冷たく笑んで待ち.彼女を娶るためにここまで来た三人の男は平伏…そしてその横にすっくと立つ四人目は,退魔の剣を輝かせる薬売り(笑).彼の行儀の悪さは今にはじまったことじゃないですが,いきなりの乱入に横の3人は当然びっくり.
これから婿決めするってのに,無関係の奴が自分たち婿候補たちに「何を普通についてきておるのだ!」とツッコむ侍.けれど薬売りは「まあ,いいじゃありませんか」と相変わらずのマイペース.一応薬売りではあるので(笑)麝香なども扱ってはいるものの,本日使用するのは獣香ではなく沈香.水に沈むほどの樹脂を含んだ香木は,現在でもモノによってはとんでもなく高価な値のつく高級嗜好品….
部屋のしつらえは四人で聞香するためのものだったので,なぜか仕方なく薬売りも急遽交えて聞香が行われることとなりました.このあたりの割込みっぷりは愉快なほど強引ですが,こういう無茶が許されるあたりで既にまっとうな現実ではないわけですね.薬売りも参加する今宵の趣向は源氏香.香にうとい東侍はすっかり動揺しちゃってて情けない…こんなんでなぜ姫の婿になろうと思ったのかについては次回をお楽しみに(笑).
源氏香は順に5香を聞いて,どれが同じでどれが違うか当てるもの.そのパターンを今回は木片の組み合わせで示します.全組み合わせ52種は源氏物語の52帖のサブタイトルを名として持ち…というあたりで完璧に侍が飲まれてますが(笑)最低限香の組み合わせを表現すればいいのであって由来は無視してもいいと教えられて落ち着き,そんな無様な様を廻船問屋に田舎侍と馬鹿にされ逆上! …もめてる横で見切れてる薬売りが木片を興味深そうに眺めているのが大変に愛らしい.
本来の源氏香ならば五種五順,五回戦で勝率を競う長丁場のバトル.けれどそんなことをやっていては朝までに終わりやしないので,「今宵は,一巡のみで勝者,すなわち玉を決めとうおじゃる」と瑠璃姫様.しかも引き分けは勝者なし.一発勝負で四人?の内から婿を決める! 「よいでおじゃりますかな」と問う瑠璃姫の声に,木片を歌留多のように扇形に広げた薬売りがさっきの姫のように答える.「…そのように」
かくしてはじまった源氏香,一の香を最初に嗅ぐのは公家.すうっと聞けば灰青の周囲は一瞬で春の色に染まって桜咲く.そのすがすがしさは春の訪れ…ここまで色彩を抑えてきた効果がここで出ています! 続いて聞くのはj廻船問屋.彼が嗅いだのはかくも懐かしい銭の香り.心までは貧しくなってはいかんと叱った父のような…って春の香りとはもう全然違うのか(苦笑).三人目の侍は悲しいかな無知ゆえに香りを表現できず,四人目の薬売りはリアクションすらなし.
引き続いてたかれる二の香,三の香….この中では真那賀?真那蛮?と香の名を思い浮かべる廻船問屋が一番香に詳しいらしく,逆にまったくわかってないのは間違いなく侍.四の香には初めて反応できたけど,匂いによって色づいた世界が示すのは「…馬糞…?」 正体のわからぬものを鼻だけで明らかにしようとする愚か者たちの耳に響くは鵺の声.そして「五の香,たき上がりました」
後半.5つの香を聞き終わったなら,答えを決めねばなりません.香を嗜み異同くらいはわかる公家,新伽羅・佐曽羅と聞くだけで種類まで突き詰められる廻船問屋,全部同じにしか思えない侍,そもそも何を考えているかすらわからない薬売りの四人は,それぞれ異なる答えを導きます.…ここで薬売りが間違って勝ったらどうするつもりだったんだろう(笑).
これが得意な竹取の香ならばと考える公家.連想で竹取物語を思い出し,四人の男で一人の姫を取り合うこの状況と重ね合わせてはっと気が付く.現状はまさにかぐや姫が求婚される様.これと同じ状況が源氏物語にもある! 瑠璃姫がその名の女の幼名となれば,これは彼女の意趣に違いない…ゆえに答えは「玉蔓」!…123と45が一緒.
さらに深く聞く回船問屋は考える.状況からしてこれは恐らく玉蔓.けれどこの程度確実に公家は読んでくる.引き分けなしの勝負なら,一か八かに賭けると選んだのは「常夏」…123が一緒.回船問屋はとは対照的に結局何もわからなかった侍は,場違いな自分を省みず勝手に怒って「手習い!」…全て一緒.そして薬売りは淡々と「幻」…15が一緒.ただし薬売りは香の異同を真面目に考えたわけではなく,現状を示す名を示す形を選んだだけに過ぎないようです.
それぞれに木片で形をつくり,四人は採点待ちで部屋より退席.結局実尊寺は最後まで来なかった.…廻船問屋は庭に居る犬を見て,なぜか降る雪が赤く染まる.いきなり冷えまんなとはばかりに行きたがり,残る2人もその動きに追従…残るのは薬売りのみ.そそくさと姿を消した3人と,最後に姿を消した老尼僧のことをじっと見つめる彼は一体何を思っているのか.
はばかりに行ったはずの3人が探しているのは「東大寺」.しかもこの家捜しは家人には秘密.欲で雪を紫に染める公家の前にあの老尼僧が登場するも,なんでもないとごまかしている….欲で雪を橙に染める侍も東大寺を求めて邸内を探しまくるけれどやはり見つからず,これは姫のいる奥の間かと思う傍を走る謎の少女.塀の上や足元で笑う彼女は一体誰? 一人残された薬売りは天秤を出すも反応は揃わないまま…「迷っているのか」.
やがて元の部屋に戻ってきた…というか東大寺探しに来た公家は「おちゃー!」とびっくり.だって薬売りが先にいる.しかも自分たちの回答が入った箱の上に立っている(笑)! 毎度ながら猫のように行儀の悪い彼ですが,周囲に天秤を配してしぃと黙らせる様はとても楽しそう.残る婿候補二人も同じ事を考えたらしく部屋に到着するんですが,薬売りは動きはじめたモノノケの方に,すっかり頭が行っております.
もちろん誰だって最初からモノノケなんか信じやしない.けれど剣に話しかける薬売りの様子は尋常でない.「貴殿モノノケをその刀で」「斬りますよ」…そのためにはおなじみの3つが必要となるわけですが.急に天秤が傾いたので薬売りは即座に符を放つも「もう…遅かったか」.襖を開いた奥の部屋に転がるのは冒頭の無残な躯.実尊寺が既に紅く殺されている! …庭には殺された実尊寺の服と同じ布のかかる石が既にある.
この殺しはモノノケの仕業か? さらに別方向に天秤が傾き薬売りの符が放たれるけれど…やっぱり既に遅いのだ.奥の間で嫣然と笑っていたはずの瑠璃姫.けれど今,彼女の首には何かが刺さって大出血! 部屋ごと真っ赤に染めて鬼の如き形相で事切れている! …このあたり,笑う瑠璃姫に殺された瑠璃姫が凄い勢いで被さってきて,元々色が抑えられているおかげで鮮烈な色が怖いのなんの!
実尊寺と瑠璃姫を殺したのは一体誰か,そしていつ殺されたのか….瑠璃姫が実尊寺を?実尊寺が瑠璃姫を?と大混乱している廻船問屋.下手人が入り込んだに決まっておろうと外部犯行説を唱える侍,実尊寺が殺されたのは自分たちがこの部屋に揃う前ではないかと思い始める公家.それぞれに混乱する3人に叫び尋ねる薬売り.「この屋敷には誰が居る! あんたたちと,瑠璃姫と,ばあさんと!」…それと不思議な女の子を侍が見ておりますね.
問われて考えそれに答えて,3人の婿候補の動揺する心が一瞬静まったところでいきなり思い出される「東大寺」! 求めてやまぬその在処を探し出すため,全力で死んでいる瑠璃姫の傍をあさりはじめる浅ましい三人! 自分の制止も聞かず東大寺を探しまくる男3人には,あのマイペースな薬売りすらもびっくり,ちょっと呆然(笑).…欲に色づく雪の中,東大寺がどうかしましたんか,と遅れてやってくるのが老尼僧.
「東大寺」は別の場所で大事にされていると冷静に教え.「何か,ありましたんか? あては,目が悪おますよって」と老尼僧.この惨劇も婿候補の人でなしぶりも彼女にはまだ見えてないんですね.今事態が露見しちゃえば東大寺探しどころじゃなくなる.薬売りが襖を閉じていたのを幸い,犯行現場を老尼僧に見せまいとガードを張る公家と侍と廻船問屋.向こうには女衆には見せられない破廉恥なものが!…まあ,確かにそう言われればそうですが(苦笑).
たぶん意図通り誤解した老尼僧はほどほどにと皆に忠告して去り,残された婿候補三人は今後について相談.瑠璃姫の夫が東大寺の持ち主となるはずだったのに,彼女は既に死んでしまった.死の前に彼女が書き残した聞香の正解は「帚木」…5香全て異なるというのが正解で勝負にも玉なし.「東大寺」の欲しい3人は,3人して瑠璃姫に負けてしまっていたのです.
薬売りは瑠璃姫こそモノノケと目星をつけていたようですが,「これが違うと,言うものですから」と退魔の剣から聞いたように言う.そして…「東大寺とは,一体何のことですかね.もちろん,お寺のことじゃありませんよね?」…瑠璃姫本人よりも婿候補たちが欲しがっていた「東大寺」.瑠璃姫を娶りたいと争ったのも,彼女についてくる「東大寺」が欲しいためなのだ.けれどこの勝負には勝者はなし.姫も死んで「東大寺」の行き先は既にない….
それでもこの場の4人以外は,既に瑠璃姫が死んでいることを知らない.ならば今宵のうちに玉を決めて祝言を挙げ,その後瑠璃姫が死んだと言えば,東大寺は三人のうちの誰かのものになる…卑劣を通り越して破廉恥な公家の提案に,「香元を勤めましょう」と応じる薬売り.「そのかわり!東大寺とは何か!あなたたちが,瑠璃姫様よりも強く欲する東大寺とは,何か! お聞かせ願いたく,候」…無視して答えてもらえないのは次回のためにも困るので(笑)激しく畳み掛けます.雅な雰囲気ぶち壊しで欲望が顕となる次回に続きます.
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