モノノ怪#10
あかの他人を結ぶ女
地下鉄の開業する福寿駅の地下ホームはどこもかしこも人でごった返し,その中にどこかで見たような人々が混じっている.市長に刑事,主婦に少年,新聞記者にカフェの女給,一番電車を運転する運転士,そして,周囲の洋装の中では一際目立つ薬売り.四両編成の地下鉄にばらばらに乗った彼らだが,万歳の声を後ろに聞いて出発し隣の駅に着くより前に急停止.上から何かが落ちてきたのだ.
そして,なぜか運転士を含めた7人だけが先頭車両に座り,他の客の姿が消えてしまった.隣の車両に移ろうとドアを開けようとしても開かず,開いても隣の車両が存在しない.直後に車両が勝手に動き出した衝撃で,市長は眼鏡だけを残し車両から消える.運転士なしに走り出す一両目.床に倒れた主婦は誰かの足音と,「許さない」という声を聞く.
他作には絶対にないモノを堂々と広げてここまで走り,いよいよ最終エピソードへと踏み込む「モノノ怪」.この物語に出てくるのは前作「化猫」の登場人物に本当によく似た…けれどやっぱり違う人たち.モノノケの形真理を探る謎解きには物語の本質こそが重要.キャラの姿形なんかぶっちゃけどうだっていいんだけれど…別モノと似ているってのは予想以上に厄介(笑).薬売りほどクールに徹することができない視聴者は,この物語だけでなく前作の幻にまで囚われてしまうことになります.
これまでは近世あたりを舞台にしてきた本作ですが,今回の舞台は洋装の近代.おかげで薬売りが世界そのものから浮きまくり…もちろんこれまでの世界でも嫌になるほど浮いてましたが,あの格好で地下鉄にすまして座ってるあいつは,絶対視聴者を笑わせようとしてるよなぁ….すっかりおなじみの派手な画面では雑踏の表現は難しそうでしたが,群集を全てマネキンで表現することでクールに処理しているのも本作らしい.
前半.最終話のモノノケは化猫.前作「化猫」は最後の最後で紙吹雪舞う大変に物悲しくて端正で爽快感のある終幕を迎えましたが,その裏返りであるこの「化猫」は一体どんなクライマックスを迎えることになるのやら.陸橋から女が落ちて,その上に電車が走ってくる.カーラーつけた猫が鳴いて,「ユルサナイ,ユルサナイ…」と落ちた女は繰り返す.深い恨みを持って死んだ彼女が,怨念の源.
それから暫し後,地下鉄福寿駅開通の祝い.はたはたと旗の振られる祝賀の雰囲気の中,見覚えのある顔がちらほらと…開通は非常の喜びと挨拶する市長,その傍にいる刑事,浮かぬ顔で乗ろうとする主婦,乗ることを楽しみにしている少年,乗車の当選切符を持つ女給,彼女に4両目の列はここでないと教える新聞記者.…そして人ごみの中にいる薬売りはいつも以上に悪目立ち.大荷物は人ごみでは大迷惑.だけど…「ちょっとかっこいい」
一人きりのはずなのに何かと喋っている不審な薬売り.背の荷物からはことことと音がしていて,慣れた視聴者にはそれが退魔の剣のせいだということもわかる.けれど初対面の連中から見れば,まず彼の職業すらもよくわからない.…確かに派手ではあるけれどチンドン屋だと思われてるのがなんだかなぁ(苦笑).もちろん薬売りは,車内の見覚えのある面々に気づいています.
天井の電灯が猫の目のように光るトンネルを潜りやって来る一番電車は,黄土の壁に臙脂の屋根.そこに飲み込まれていく乗客たち.刑事は市長の警護のために同行…警視庁ってことはここは東京なんだなぁ.少年は先頭車両に乗りたい,主婦は早く戻りたい.初運行に運転士は気合が入ってあと4分.記者は市長にインタビュー.期待に答えられて感無量,という言葉にはまるで中身がなくて,刑事は内心古狸扱い.
やがて時間.発車のベルで動き出す! 万歳の声と旗に見送られる一番電車は,一両目には運転士と市長と記者と刑事,二両目には少年,三両目には主婦,四両目には女給.そして薬売りも四両目.すました顔で座っている彼は周囲の明治レトロな雰囲気からはどうしようもなく浮いていますが…女給・チヨを見る顔は笑ってる? 奇麗なものに笑顔を向けられてつい赤くなり…けれど再び見れば何事もなかったようで,がっかり.
トンネルの天井,猫の目のような電灯が赤く光り,薬売りの箱の中では剣が鳴る.つい緊張が途切れたのかあくびする運転士は,上から白いものが降ってきて,走る電車のすぐ前に常に等距離に存在するのを見る…白い洋装の彼女! 驚く運転士は思い切りブレーキかけるけれど間に合わず,間近に迫った白い帽子の女の目は…猫の目.
強烈な急ブレーキによって祝賀ムードが吹っ飛ぶほどの悲惨な状況に陥る客車内.トンネルの中で立ち往生する4両とも,乗客はすっかりばたばたと倒れてます…大部分はマネキンですが(苦笑).その直後,例のマネキンでないメンバーだけが一瞬にして一両目に移動.それまで一両目にいたはずの他の乗客の姿が消えて閑散.…ついにモノノケは関わりのある連中を集め,閉じ込めることに成功したのです.
一瞬にして一両目に来てしまった少年と主婦と女給.刑事はなぜここにいるのか詰問しようとするけれど,こんな奇天烈なことは誰も説明できんと市長がとりなしてくれて中断.ただし場違いであるのは間違いなく,先頭車両に乗りたかった少年も含めて元の車両に戻らなければならなくて…力を入れても扉はちっとも開かない.扉が重くて苦闘する主婦と女給に,「仕方ないなぁ,女は」と呟く記者.…ささやかな表現だけれど,結末を知っていると案外と根が深い.
停止したままの地下鉄.まだ運転室の運転士は車掌室へと通信を繋げようとするも聞こえてくるのは雑音のみ.最高の晴舞台から見事転落した運転士は,成すすべなく運転席から出てきてしまう.…車内に飾られているのは白い帽子の女性と猫の絵で.これは既に彼らがモノノケの領域に取り込まれてしまっているのを暗示しているんだろうなぁ.
女子どもには優しい態度と言葉を貫く,おいしいところを持って行く市長が手伝ってようやく車両を繋ぐ扉が開く.ご婦人でも開けられるようにしなければ…などと言いつつ開いた先は,隣の車両どころか何もない! そして衝撃! 運転士なしに勝手に急発進する車体! 市長は眼鏡を残して姿が消えた!…急発進の拍子にトンネルの闇の中へと落下した?
…そして,衝撃で床に倒れたままの主婦の耳に聞こえてくる静かな足音.それは彼女のすぐ側まで近づき,見えもしない誰かが「ユルサ,ナイ」と言う.…恐怖で悲鳴を上げる床の主婦! その悲鳴に驚いてさらに悲鳴を上げる女給! まだ見えぬモノノケの行為によって誰かと良く似た彼らは驚き恐怖し…狭い車両の中,感情と因果は共鳴し強まっていきます.
後半.声に驚く主婦は動揺,狼狽.「さっき,あなた許さないって言った!?」と荒い息で女給に聞くけれど.もちろん言ってるわけがないので首をぶんぶん横に振る.そんなことを言う奴はここにはいないはずだからきっと空耳,のはずだけど…それでも車両は1両きりで勝手に走り,連絡も取れぬまま.この状況で手帳にペンを走らせる新聞記者はいい根性.二十年のキャリアは乗り物酔いすら越えるのか….
けれどここにいる連中だけでは,事件を解決できるわけがない.ここには関係者ばかり.必要なのは無関係の探偵役で…下駄の音高らかに近づくのは彼.さっき記者の隣にいたと少年が脅えるものを祓うため,「ここか」と扉を開く薬売り! ないはずの二両目から堂々と踏み込む彼…よりも開いた扉の方が注目されている(笑).薬売りのやってきた現実への道から逃げようとする記者.けれど一度綴じた扉はさっきの状態に戻ってしまった.
早速刑事は風体の怪しすぎる旅芸人に職務質問を開始.どっから来たと言われれば見た通りに隣と答え,そもそも自分は旅芸人でもちんどん屋でもなく「薬売り,ですよ」…相変わらずのマイペース.今時はこんな格好をしないと薬が売れないらしいけど,別に今に限らずずっとこの格好だし,この先もこの格好なんだろうなぁ…洋装の薬売りも見てみたいけれど(笑).
この車両は既に閉じられた異界.入ったら出られず,無理すればさっきの市長のように落ちてしまうかも.車内の吊り革は不自然に傾き車両も止まらない…まるで狐につままれたみたいという評に「狐の仕業じゃ,ありませんぜ」と薬売り.「市長は,モノノケにやられた」…この文明開化の世に非科学的なモノノケという回答はあまりに不似合い.大人たちはもちろん反対で,信じそうなのはまだ頭の堅くない少年くらいか.
けれど見てないじゃないと言われても,薬売りは決して揺るがない.「見てなくても,わかるんです」と宣言すれば,ひとりでに薬箱の下段が開いて無数の天秤が飛び出してくる…薬売りもまた市長の言った「奇天烈なもの」であったわけです.種も仕掛けもなく動き,決して人に悪さをしない可愛い天秤たち.その傾きでモノノケの位置がわかる優れ物をずらっと宙に並べて天井へと送れば,頭上に一列に並ぶモノノケセンサー.
モノノケを燻り出すための準備を終えて,いよいよ本題に入る薬売りは「皆さんには関わりがある」と言い放つ.モノノケはここに関係者を集めた.たとえ互いに初対面にしか思えないとしても実際は「皆さんがよくご存知のはず」らしい.…実際に女給と主婦と記者と運転手が一人だけ面識があるのは小男の刑事.けれど少年だけはこの場の誰のことも知らないらしい.
六人のうちの四人が知っていると口を揃えた刑事だけれど,刑事自身にはまったく覚えがないらしい.ゆえに横暴な彼,端から名前年齢職業とどこで自分に会ったかを言えと上から命令.…その横暴さに好感を覚える奴などいないだろうけど,黙っていても仕方がない.まずは横暴な刑事の口調を覚えている女給から自己紹介をはじめます.
浅黒い肌でお下げのカフェの女給,野本チヨ21歳.職業婦人の花形として駅前のカフェに勤めております.彼女が刑事を知ったのは三,四ヶ月前の聞き込みで…同時期の聞き込みを訳有り風の主婦も知っていた.刑事が部下と一緒に聞き込みに来たのを覚えていた彼女は山口ハル35歳.主人は肺をやられて5年前に死去し,今は姑と暮らしている寡婦…その不遇な境遇のせいか,どこか鬱屈した雰囲気の彼女.
2人の女は刑事に明らかに見覚えがあるのに,ヒントを出されても思い出せない横暴な刑事.…彼のために台詞だけで物忘れに効く薬を探している薬売りが嫌味だ(笑).刑事は門脇栄40歳,南署勤務.彼の三,四ヶ月前の聞き込みは,流行の最先端を行くモガ…きらっと光る男装の麗人の轢死について.「轢いたつもりはなーい!」と唐突に運転士,木下文平28歳が叫ぶ…電車に轢かれなくても彼女は既に死んでいたと信じて,僕は悪くない!と必死.
刑事は記者と電車から,ようやく聞き込みをした彼女のことを思い出す.動揺する運転士にもお前さんは悪くないと言うけれど…では,悪いのは誰? 冒頭の彼女は落ちた直後は生きていたし,恨みの執念がなければきっとモノノケになんかならない.「ユルサナイ」と恨んで閉じ込めたんだから,少なくともここに集められたうちの誰かが悪いのだ.
ここでそうだったのかと頭を抱える記者.薬売りが気付け薬でも出しましょうかと聞くほどの顔色の彼は森谷清,新聞社のデスク.頭を抱える様子は尋常ではない.今日珍しく自分で記者として取材に来た彼は,落ちて轢かれた彼女の上司.…女性記者,市川節子.「漢字の名前うらやましかったもん!」と一際目立っていた彼女の名を覚えていたチヨは言う.時代の最先端を走っていた彼女こそ,モノノケの源.
ここで困ってしまうのがこの場の誰も知らない少年.引きずり込まれたのも何かの間違いと訴えて,早く出して下さいと泣き出す彼は小林正男.尋常小学校を出て現在は新聞配達員.けれどやはり無関係のわけがない.市川節子が轢かれたのは早朝の霧が原陸橋付近の線路.そこは少年の新聞配達エリアに入っていて,ようやく薬売り以外の全員がようやく繋がる.彼らの中心にいるのは刑事ではなく市川節子…恐らくは先に落ちた市長も彼女に繋がっているはず.
無人のはずの運転席の扉が開き,ちりちりと天井の天秤が傾き…近づいてくる.猫の声.さっきから一番よく見えている少年は「そこに,猫を抱いた,女の人がいるんです」と告げる! さっきから不自然に斜めなつり革が1本だけ,見えない誰かが掴んだように逆向きに動く.それを見る薬売りはにやりと笑って「化猫だ」.…悪いのは一体誰なのか,誰が彼女を殺したのか,壮絶な犯人探しのはじまる次回に続きます.
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