モノノ怪#11
エゴは女と猫を殺す
自殺したはずの市川節子はモノノケとなり,地下鉄の1両目に己の死に関わる人々を集めた.新聞配達の少年にだけは猫を抱いてこの車両に乗る彼女の姿が見えている.あの早朝,陸橋に人影があったのを証言していなかった少年,目撃者がなく有力な証言もなかったことから事件を無理に自殺として片付けようとした刑事,彼女の死に関してあやふやな証言をした女給,猫と思い込んで落ちた彼女を引いた運転士…誰もが彼女の死の真相を覆い隠すような真似をしていた.
市川節子の自殺は皆のエゴで作られた偽りの真実.それに怒る彼女の怨念を示すかのように,車内を闇と赤い猫の群れが走り抜けていく.駅に停車しながらも1両目の扉だけは開かず,記者と刑事が無理に扉をこじ開けると,化猫の闇に飲まれた刑事は市長のように命を落とす.逃げ場のない車内だけでなく,車両の外の世界すら化猫に支配されているのだ.
最終エピソードの2話目では,人の持つ些細な闇を悪趣味に拡大して見せつけてくる「モノノ怪」.赤の他人たちのちょっとしたエゴが市川さんを自殺に仕立て上げてしまうことを次々暴露していくあたりはサスペンスな芝居のようですが,ここでも大きな壁となるのがキャラのデザイン.前の「化猫」とはまったく別の人間たちだと頭では理解できても,特にチヨが無残な様子になるのを見るのは,心ではなかなか耐え難い….
化猫の強烈な揺さぶりによって明らかになっていく市川節子の死の状況.考えてみれば被害者である市川節子は事の真相を一番よく知っているはず.犯人だけを血祭りに上げればいいわけだから,わざわざ真実を明らかにするためだけに死後関わった人を巻き込むのは本当は不思議…ことによると今回の死の中には,自分が轢かれる原因を作った猫の怨念もかなり混じっているのかもしれません.
前半.この世界にあるものとあってはならないものが溶け合って生まれたモノノケ,化猫.モノノケを斬るためならばどこにでも行く薬売りはこの化猫に狙いを定め,退魔の剣を抜くために姿・事・心…形真理の3つを得ようとしています.恐らくはモノノケを追って一つ所には留まれない彼には,事の因果と縁を払うためならばモノノケだけでなく人間に対しても容赦はなし.…なんとなく純真で美しいものには優しいようですが.
モノノケは形真理を失うほどに消滅に近づくはずですが,今電車を支配しているのはその真を知りたがることで,自分から消滅を選んでいる物好きなモノノケ.その姿は新聞配達の少年の目にだけ時折見えているようです.薬売りを含めて他の連中にはつり革が不自然に傾いているようにしか見えないけれど,少年にだけはつり革を掴む女の姿が見える.おかっぱ,白い男装で「猫を抱いてたじゃないですかー!」
大汗をかく関係者たち,その出立ちは「…市川節子…?」…正解と言うかのように聞こえた猫の声.記者は彼女は猫なんか飼ってなかったと言うけれど,猫と市川節子の間に縁ができたのは死の間際なので彼が知らなくて当然.あんなところで節子が死んでいなければ猫だって傍に寄って一緒に轢かれなかったはずで.…本物の猫ではなくアヤカシだったのかもしれないけれど,それが何だって轢き殺されれば恨まないはずはないんだ.
未だ形を得ていない薬売りには見えないモノノケ.それが少年だけに見える理由は…「見た,からでしょう」と薬売り.市川節子の無念がモノノケを生み,この事態はそれを晴らすために起こされているはず.見れば,見える.その言葉に主婦は顔を紫にする.彼女が聞いたユルサナイという「あの声,も」…そして彼女の声を聞いていない女給には市川節子の声は聞こえなかった.唐突に降りる遮光カーテン,車両は揺れて,猫の声.
自分はあの朝見た.それを思い出させられた少年は車窓にそのときの光景を見る.床に溜まるほどの大汗,緑の顔.怖くて逃げて助けてと泣き叫ぶ少年の目にだけ見えるあの朝の光景….少年と薬売り以外の大人たちは電車が隣の駅に止まったことで大騒ぎ! この1両目以外は普通に出入りが出来ているようだけれど,化猫の支配したこの車両からはどんだけ叫んでも助けはこないし逃げられない!
恐怖から逃れられないことに動揺する乗員たち.その中で現状を「市川節子の事件,皆,隠し事」と書き留めている記者は冷静な方か.けれど「事件,ねえ…自殺じゃ,ないんですか」と薬売り.刑事がこの件を自殺と断言するので,彼の間近に凄い威圧感で迫って「話してください」と穏やかに脅迫(笑).化猫を,モノノケを切るためならばなんだってするなぁこの人は.
彼女が仕事に悩んでいたと自分で証言したくせに,今になって市川節子が自殺したとは信じられないとか言い出した記者.確かに彼女は行き詰っていて,いいネタを掴むも詰めが甘くて今一歩のところで躓き記事にならない.その繰り返しで将来を悲観する奴は確かにいるかもしれないけれど,市川節子はそういう壁を乗り越えようとするタイプだった.半人前の割に良く動いて将来が楽しみで…悲嘆で陸橋から身を投げるような弱い女ではなかったはずだ.
しかし市川節子事件には目撃者がいないと主張する刑事.将来を悲観しヤケを起こしてドカンなのだと典型的な自説を主張,虚勢を張り続けるけれど…これを覆し記者の言葉を裏付けるのが少年の見たもの.窓の向こうを走る電車に乗った自分の小さな瞳の中に,何かに驚き逃げる自分の姿を見る.少年は市川節子に関する何かを見た「目撃者」.刑事の言葉からすれば存在しないはずの….
記者によれば市川節子は悩んで自殺するような女ではない.けれど悩む彼女の姿を女給が見たと証言していた…はずなんだけど今になって女給はひどく口ごもる.早く説明しろ!と威圧的な刑事に「弱い犬ほど,よく吼える,か」と呟く薬売り…この人本当に口悪いなぁ.その口の悪さでモノノケが生まれても知らないぞ(笑).煮え切らない態度の女給が「自殺じゃないなんてことは,あるんですか?」が弱気に確認すると,「ない!」と刑事が強く言い切る.
さっきまで快活でよく喋っていたはずの彼女だけれど,証言に関しては異様に口が重くて,以前のことは記憶もあやふやだと断定を恐れる.けれど市川節子という名は覚えていたと薬売りが鋭く突けば,新聞にも出ていたし目立つ人だったからと逃げる.女給は市川節子の「しんじゃおっかな」という独り言を聞いたと証言したけれど,はっきりは覚えていない,「ごめんなさい」と何度も謝る…もし彼女が聞いていたなら,モノノケの「ユルサナイ」も聞こえたはずなのに.
けれど市川節子自殺説は,他ならぬ刑事が言っていたのだと女給は必死.彼女が俯いて歩いていたから,自殺の線で捜査していると最初から言ったのだ! これはもちろん捜査ではあってはならぬ誘導.目撃者だっていないのに,陸橋に残された靴が揃えられていたことだけを根拠にして刑事が勝手に決め打っていた.しかも同じように主婦にも聞き込みをしていた! …もしその靴が犯人による見せかけだったら? 彼もまた事実を捻じ曲げ,市川節子を自殺で片付けようとしていたのか!
それぞれに何かを隠しごまかし嘘をついている他の乗客たちとは違い,市川節子について何も偽ってはいないはずの運転士.彼が恐れるのは自分の将来.自分は何も悪くない,何もしていない,見ていないと保身に必死で…けれどあの日彼は落ちてくる何かを見て,しかしブレーキを引くこともなく陸橋の下を赤く染めた.そのために彼女の死の真相は一層わかりにくいものになっただろうし…きっとあの猫は彼を一番恨んでいると思うんだ(苦笑).
市川節子の見える少年は,不自然に揺れるつり革に顔が真っ青.…そのつり革,突如動きが止まる.「節子さんの死は,作られた,自殺.それが,真だ」…薬売りが見えぬモノノケに告げれば,電車が揺れて真っ暗に! その闇には黄色い巨大な猫の目が浮かび,わけもわからず皆悲鳴を上げる! 乗員を飲み込む化猫の闇.赤い猫の群れが彼らの神経を切り刻む! …電車はやがて停止し,次の駅に到着.
この恐ろしい状況から逃げ出したい! さっきの駅よりもずっと追い詰められた乗員たち.扉を開ければ出られるはずと刑事と記者がこじあける…「まだだ」と薬売りが制止しようとするのも聞かずに.やっと開いた車両の扉.しかしそこに広がっているのは赤い闇…巨大な猫の顔! 降りるなと言われたのに聞かなかった戸口の刑事はすぐに化猫に引き込まれ,彼の体の上には赤い猫の爪痕がざくり,ざくり!
…ホームのベンチには横たえられた市長の姿.周囲の人々は全て黒猫の顔.さっき引き込まれた刑事も息絶えた上で変な格好で飾られて…間近に迫る死の恐怖に顔色変えて逃げ惑う乗員たち! もちろんこの閉鎖空間には逃げ場などない.むしろ車両から出ると死ぬなら,実は中にいる方がまだ安全だったりするわけで…「全ては,化け猫の仕業,勝手に出たら,命の保障は,ありませんよ」
後半.逃げ場なしな上に仲間が殺されたことを知らされてパニックの一同.助けてくれと懇願されてもあんた道具出しただけで何もしてないとなじられても(笑)薬売りは一人涼しげに「助けるも何も,そいつぁ,あなた方次第ですよ」と無責任…彼にとってはこの件だけでなく,世の中の全てのことが他人事なのに違いない.
未だ真実を語らぬ主婦は言う.自分はたまたま代理でこの電車に乗っただけと…けれど「誰が,当てた券なんです?」と薬売りに鋭く問われれば返事ができない.「早く,切らせてくれませんかね」と逆に文句を言う彼は,まるで真実を知りたいモノノケの手先のよう.皆の証言を組み合わせれば理となるのに,さっさと言わないお前たちが悪いのだとでも言いたげに.
ここで恐怖を我慢しきれず「見たんです」と言い出したのは少年.市川節子が死んだあの日,彼は新聞配達の途中,陸橋で人影を見た.陸橋の下を覗いて足早に去ったのを見ていながら,自分には関係ないとそのことを黙っていた.その後あの死は自殺ということで解決したらしいし,ならばそれでいいだろうと,貴重な目撃者は彼女のために語るべきことを語らなかった.
見たけれど遠かったしなどと目を掻き毟る少年.けれどもし市川節子が自殺したのでないなら,あの陸橋にいたのは「犯人?」 …犯人の姿を捉えていながらも,面倒を避けて言うべきことを言わなかった目撃者の目は猛烈にかゆい!痛い! 「…見えないよー!」…そう叫んで,少年は突如この車両から姿を消した!
真実を話した少年は消えた! しかし真実を話さねば薬売りにモノノケを斬ってもらえない! どっちにしてもろくなことがないこの極限状態.ただし真実を話せば何等かの形で状況は変わる,話さなければ変わらないかどんどん悪くなる….さらにいないはずの目撃者が今更出てしまったことで,自殺説は根底からぐらぐらと揺れる.それでもまだ語らない主婦は耳を触る….
次に語り出したのは記者で,この状況に燻り出されたか,市川節子は市長に殺されたのではないかと言い出した.これが真実ならば他殺説をさらに裏付ける新事実.市川節子は地下鉄建設がらみの市長の汚職を取材していたから,市長の手下に殺されたのではあるまいか….義憤に猛る彼女は既に初稿を提出しており,それを読んだ記者があと1つ裏を取れと言ったのがまずかったのか.
慎重にやれとは言ったものの,猪突猛進でひよっ子な彼女がそうできるわけがなかった.死の前夜には彼女が駄目押しのネタを持ち込み,彼は忙しさにかまけて追い返し…あの時話を聞いてやれば死なすこともなかったと悔やみ,敵を取るために今日は彼女のネタの裏を取りにきたと語る彼,その右手から色が変わって,今は全身が痛くて痒くてたまらず!ついにはおかしな姿勢でごきごき鳴った末,そのまま赤い空間に囚われて消えた!
7人からはじまって残るは3人.薬売りは全員の証言が揃わねばモノノケは斬れないと繰り返すけれど,主婦は言っても無駄と証言を拒否し,女給の嘘を問い詰めることで矛先を変えようとする…けれどそれで彼女がチケットを誰から入手したのかという謎が消えるわけでもない.しかし,主婦よりも先にぷちんと心が切れてしまったのは運転士!
自分が市川節子をあの陸橋の下で思い切り轢いた!落ちてきたのは猫だと思ったから,落下に気づいてもスピード緩めずそのまま上を走った!追い詰められ動揺すればどうしたって口は軽くなる.運転士は猫をはねたぐらいで止まっていたら運行が乱れると考えて…猫の命と沢山の人の迷惑を天秤にかけ,結果として市川節子を轢いたのだ.
この車両に集められたもので,薬売り以外に化猫の恨みを買っていない奴はいない.自殺説を裏付ける証言をした女給だって,本当は見かけたことなんか1,2度しかない.けれど新聞や雑誌に取り上げられたいという軽すぎる名声欲で,勝手に彼女の言葉を作っていた! 女優になりたい出世欲と引き換えに,市川節子の自殺を偽証した女給に「あんた,女優って顔?」…猫の声.
窓の外,闇の中には3枚の絵が浮かび上がる.目,口,耳…人に真実を伝えるのと同時に,人に偽りを伝える3つの器官.それを象徴的に示すウォールアートの前を自転車で走り微笑む少年.彼は必要な時に何もせず,市川節子に関する真実を正しく伝えなかったことで化猫に恨まれた.女給のように嘘をつくのも罪だけれど,ここでは言わないこともまた,重大な罪なのだ.
だから薬売りは主婦に問う.「坂井正二郎,どうやって,手に入れたのです?」…彼女が握り潰して捨てたチケットには初出の男の名.それは寡婦である彼女の新しい恋の相手…視聴者の現在ならば,亭主の死んだ後でつきあう相手は浮気相手とは言わない.けれど作中世界では,死んだ亭主の母と暮らす彼女の行為は恥ずべき不貞とされてしまう.
彼女はあの朝,彼と一緒の布団の中で窓の外の言い争う声を聞いた.「ワタセ!!」「絶対ニワタサナイ」「市民ガユルサナイワヨ」「オ前ガ消ヘレバイインダ」「キャアーァァ ヤメテ!」…それが誰かを確認することもなく放置.市川節子が叫んでいたのにそれを無視した上,刑事に聞き込みをされた時にも口をつぐんだ.己の保身のために,市川節子の死の真実を犠牲にした….
偽証した女給と証言しなかった主婦は言い争う.しかし自分の都合で嘘を言うのも真実を言わないのも卑怯は一緒.今でも内容をはっきり思い出せるほどよく聞いていた主婦.けれど姑の前では,浮気のバレるようなことは言えなかった…市川節子の死の真相より,自分の幸せを優先したのだ.ここに来た連中は皆同じ.己の幸せのために保身に走り,市川節子の真実を重なり合って覆い隠した罪人たちだ!
罪人同士で口汚く互いを罵りあう3人は,それぞれ耳と口と足がかゆい.罪を犯した部位をかきむしる醜い3人は罵倒ながら掻き毟り!「でも,節子さんを轢いたのは事実よね!」「黙れー!」…感情の爆発の頂点でふいに猫の気配と声,3人は息を呑む.天秤は縦に向きを変えて窓ガラスが割れて…直後,順に3人は姿を消した.化猫が必要としていた情報を全て吐き出した3人は,その罪を償う場所へと送られる.
市長,刑事,記者,少年,女給,主婦,運転士…最初は7人が集められ,薬売りが乱入した1両目に今残るのは薬売りのみ.窓の外には罪の元である目耳口の絵.その前で殺されて腐っていく6人の姿…本人たちは仕方がなかったのだと主張していたけれど,仕方がないで他殺を自殺に仕立て上げられてはたまったもんではないわけで.…そして未だ化猫の呪縛は消えず,車両へと戻ってくる男の足音….
「おや,まだ,ありましたか」と薬売り.隣の車両から戻ってくる,さっきまでここにいたうちの1人.未だ形真理が全て揃わぬがゆえに抜けない退魔の剣を,薬売りは眼前に構える.扉を開いて化猫の審判場へと戻って来るのは,黄色い目をした市川節子の上司.「そろそろ,終わりに,しましょうか…」…自分勝手な真実が明らかとなり,これまでで最も後味の悪いクライマックスが押し寄せる.次回,最終回に続きます.
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